難しい色(小田急小田原線)
- 2011/06/09(木) 22:58:10
郡山の485が国鉄色に戻り、
嬉しいやら悲しいやら微妙。
赤い「あいづライナー」は、
今年の撮影候補の1つでした...
色は変われど、お気に入りの路線。
時間を作って訪れようと計画中。
PC内の「あいづライナー」の写真を探すべく
いろいろタグってると、「赤」のキーワードに
引っかかった獲物が...
「確かに赤い」。
放ったらかしだったので、現像してみた。
小田急の5000系もそうだけど、アイボリー系や
人肌の類は、現像が難しいと思っている。
ホワイトバランスを微調整しようにも...
ボディカラー、ヘッドライト、室内灯などなど、
gdgdになってきて訳わからんくなってきたので
テキトーな雰囲気で締めた。
小田原線か〜。
そろそろ行くべきだな。(独り言)
185系を撮ろう!?
- 2010/12/05(日) 23:17:21
今日は、日頃の行いが悪い為か?
お出かけ日和にもかかわらず、
非鉄。
陽の当たらない場所で、、、
もくもくと、、、
以下省略。
早く千葉へ改正後の様子を見に行きたい。
と思っている。
113系の運用は減ったが、残っている様子。
多少安心やけど、気は抜けへんなぁ。
気を抜いていたのは185系。
元来、気を入れていないんやけど随分前だが、
仲間内で「185系を撮ろう」って話にはなった。
話にはなったが、自分がアレやコレや言うもんで、
毎度後回しな感じどころか、忘れ去られていた列車。
そうこうしているうちに、湘南色が出たり水上が臨時化されてもた。
185系はヘッドマークがデカい。
そして、シンボルマーク付き。
更に、走行音がカッコええ。
とPRしてみる。
が、2010/12/5(日)現在、カッコええ撮り方が思い浮かばないので...
しばし保留。
1枚位、世にお披露目出来る画があるやろうと、、、
RAWファイルを手繰るも、、、イマイチなのしか無い。
有ったのは、、、
新特急「谷川」。
当時から、顔面や縦アンがお好みだった様で...
何だ変わってへんな〜。
自分。
「天気が悪い」という点も変わって無い様で.........
三年前(箱根登山電車)
- 2010/12/02(木) 23:23:34
三年前の夏の事。
2007年8/31日。
勢いで、デジイチ(EOS40Dレンズキット)を買った。
買ったはものの、何故かまともに撮れない苦難の日々。
前から使っていたカシオのコンデジの方がよっぽどキレイに撮れていた。
原因は、単純だった。
「基礎知識不足」。
当時は周りに写真撮影を得意とする知り合いが居らず、
知識を得る方法は、Web.や雑誌、それにカメラの講習会等だった。
三年前の今日。
せっかく買った一眼。
紅葉を撮ろうと向かった先は、箱根登山電車。
観光では何度も訪れている箱根だが、今日は目的が違った。
今見返して見ると、
懐かしい色の列車や、
懐かしの駅舎が写っている。
二枚とも、ピン甘や被写体ブレで今ならボツだが、
三年前の自分は、大満足だったに違いない。
今の自分なら、こうは撮ら(れ)ないと思う。
三年経った今、当時の様な画は到底撮れないと思う。
要求レベルが上がり過ぎてしまい、視野が狭まったなと。
しかし自分の過去の画は、相当な気分転換、そして参考になる。
「えっコレがオレの画」?そんなんばっかや。
三年の月日なんてあっちゅ〜間。
今年も今月で終わり。
無事に、正月休みを迎える事が出来ます様に。
柔軟な思考回路
- 2010/07/09(金) 22:48:17
原色へ(100系新幹線)
- 2010/07/03(土) 20:54:29
100系新幹線に「青白」復活 の様だ。
都内では見る事が出来ない「100系」。
思い出が。
当時の自分は、信濃の国在住。
新幹線とは縁が無く、当時「小学○年生」シリーズの月刊誌の表紙を小さく飾っていた
白くスマートな「100系新型新幹線」に乗りたい気持ちは相当な物だったに違いない。
読み終えた雑誌は、表紙の新幹線の写真部分を切り取って保管してたのだ。
季節は変わり、、、
ついに乗車の時がやってきた。
デビュー翌年の夏休み、おばあちゃん家に行く道中の新幹線を、
念願の「100系」にしてもらったんよ。
当時の100系には2両の2階建て車両が。
「NS」の赤いロゴもついとった頃。
100系に乗る為に、381系特急「しなの」にも乗ったはずだが、記憶は無し。
今となっては誠に残念。。。
何駅だかわからん。。。
新大阪で降りた時の一枚かな?
食堂車で数百円分(おそらく一番安い物)を食べた記憶も。
公衆電話もかけてみた。(電話交換手経由だったよ)
今じゃケータイが当たり前だが、移動中の通話は斬新極まりなかった。
(ケータイがドラえもんのポケットの中のアイテムの一つだった時代)
更に、車内販売では、100系がデザインされた「定規」を販売しとったんやけど、
当時の小遣いじゃとても高い逸品。
欲しかったけど、買えんかった思い出。。。
くやしい。
後日、父親が乗った時のお土産で「定規」を手に入れる事が出来た。
この思い出も忘れられん。(肝心な定規の行方は不明............)
乗った、食った、通話した、定規も持っていた「100系」。
時間作って、最後の勇姿を「撮ろう」かな。




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